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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)977号 判決

上告人 島田金一(仮名)

被上告人 大野末三(仮名)

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人の上告理由について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の挙示する証拠関係に照らして、首肯するに足りる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。

しかし、職権をもつて按ずるに、原審は、被上告人が民法七七〇条一項四号に基づいて本件離婚の請求をしたのに対し、大野タキが同号にいう強度の精神病にかかり回復の見込みがないときに当たることを肯認するとともに、同条二項を適用すべきかどうかの点については、被上告人は、大野タキの発病後、自分の勤務先の仕事と同女がしていた店の仕事に加え、幼少の子供二人の養育など家事全般の仕事を抱え、親戚の助けを借りてようやく凌いできたこと、被上告人は、みずから、また訴外井上モトを家庭に迎え入れてからは同女と協力して、大野タキの療養、生活の世話を缺かしたことがないことなど原判示の諸事実を認定し、これら認定事実に現われた一切の事情を考慮するに、被上告人と大野タキとの婚姻の継続を相当と認めるべき事情があるものとはいいがたい旨を説示し、被上告人の右請求を認容したのである。

しかしながら、民法七七〇条二項の規定は、夫婦の一方が不治の精神病にかかつた事実が肯認される場合においても、離婚請求の許否を決するに当たつては、なお諸般の事情を考慮し、各関係者間において病者の離婚後における療養、生活などについてできるかぎりの具体的方策が講ぜられ、ある程度において、前途に、その方途の見込がついたうえでなければ、婚姻関係を解消させることは不相当と認め、離婚の請求は許さない趣旨のものであると解すべきであつて、このことはすでに当裁判所の判例(最高裁判所昭和二八年(オ)第一三八九号、同三三年七月二五日第二小法廷判決、民集一二巻一二号一八二三頁)が明らかにしたところである。しかるに、原審が、かような点について十分考慮をめぐらすことなく、単に前記のように説示したのみで被上告人の本件離婚請求を認容したのは、民法七七〇条一項四号および同条二項の解釈適用を誤つた違法があるものといわざるを得ず、右の違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

よつて、本件についてはさらに前示の点について審理を尽くさせるため、民訴法四〇七条一項により原判決を破棄して本件を原審に差し戻すべきものとし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)

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